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美空ひばり想像クイズ

 

エンカのチカラ-SONG IS LOVE 80’S&90’S
 

 

先日、『エンカのチカラ -SONG IS LOVE 80's & 90's-』というオムニバスアルバムを借りた。

このアルバムは演歌歌手がJ-POPの曲を歌っているシリーズモノで、細川たかしが歌う『ジュリアに傷心』とか、前川清が歌う『HOWEVER』とか、五木ひろしが歌う『TSUNAMI』などが聴ける。

で、これがメチャクチャおもしろい。

おもしろいと言ってもコミックソング的なおもしろさではなく、クリカンがいろんな人のモノマネで『スシ食いねェ!』を歌っているような、コロッケが長渕のモノマネで『どんぐりころころ』を歌っているような、要するに歌がうまいから普通に聴けるし、かつ演歌歌手がJ-POPの歌を歌うギャップで超おもしろいのだ。

 

そして、この前述のアルバムなのだが、美空ひばりが歌う『昴 -すばる-』が収録されていた。

『昴』といえば谷村新司のムチャクチャ有名特大名曲である。

 

昴がヒットしている時代に美空ひばりは生きていたのか?

 

谷村新司は当然ながら存命で、現在美空ひばりは亡くなっている。

だが美空ひばりが『昴』を歌っている。

『昴』はもともと美空ひばりの曲だったのだろうか?

と思って調べてみると作詞・作曲ともに谷村新司だった。

 

どういうことだろう?

時間軸が狂った。

 

僕は25歳。

僕が美空ひばりのことを知ったときには美空ひばりは既に亡くなっていたので、

個人的に美空ひばりは昭和初期に活躍した人物で、どちらかというと歴史上の偉人というイメージが強い。

“生まれたときにはもうおじいちゃんが亡くなっていた人”みたいだ。

生まれたときにはもうおじいちゃんが亡くなっていた人は、おじいちゃんを写真で見たことがある程度だろう。

僕はおじいちゃんもおばあちゃんも元気だったので、そういった経験はない。

 

 

かなり前の放送になるが、『水曜日のダウンタウン』で「徳川慶喜を生で見た事がある人 まだギリこの世にいる説」という企画を検証していた際、冒頭で

 ビビる大木「(徳川慶喜は)1913年、大正12年に亡くなるんです。今から102年前なんですよ。そう考えると結構最近の話じゃないですか」

フットボールアワー後藤「思ってたより近いですね」*1

というやりとりがあった。

 

美空ひばりも同じように意外と近い存在なのかもしれない。

生まれたときにはもうおじいちゃんが亡くなっていた人のような経験を、美空ひばりで体験してみよう。

 

 

 

そこで、生きていた頃の美空ひばりを知らない僕が、美空ひばりに関するクイズに答えたらどのくらい正解できるのかを検証しつつ、美空ひばりの知識を深めたいと思います。

 

題して、

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美空ひばり想像クイズ】

 

問題文も自分で考え、それに自分で答える完全セルフサービス。
答えはネットで検索すると一発でわかってしまうので、なるべく美空ひばりのことが載っていそうな文献から探したいと思います。

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美空ひばりの著書もありました

 

 

俺と美空ひばり

まず、答える前に。

現時点で僕が知っている美空ひばりの情報はこちら。

これだけ。加藤和也のほうが知っています。そりゃあ、加藤和也は『ダウンタウンDX』にたまに出たりホリがモノマネしたりしていますので。

 

そしてiTunesのプレイリストに入れている美空ひばりの楽曲はこれ。

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僕が聴く彼女の歌は『柔』、『真赤な太陽』、『愛燦燦』、『川の流れのように』ぐらいです。

 

正直言って普通の25歳の人は『川の流れのように』だけを知ってる程度だと思います。

ちょっとテレビが好きな人は、青木隆治がモノマネで歌ってるのを見て『愛燦燦』も知ってるのかなという感じ。僕もそれで知りました。

僕はテレビがメチャクチャ好きで、かつ昔の歌謡曲もメチャクチャ好きという奇特な部類なので、『柔』、『真赤な太陽』も知っています。

美空ひばりのオリジナル版は持っていないですが、忍者が『お祭りサンボ』をカバーしているのも知っています。

それでもこれぐらいの知識しかないです。

 

 

自問自答

それでは、問題および答えを考えましたので、1問ずつ答え合わせをしていきましょう。

答え合わせは1問ずつやっていきますが、あらかじめすべての問題に回答してから調べています。

 

 

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まあおそらく美空ひばりという名前は芸名でしょう。

本名は何でしょうかね。まったく想像がつかないので、完全に想像100%で言います。

 

名字は加藤だろ、と思ったのですが結婚しているとなると名字は加藤じゃないですね。

そうなると完全に当てずっぽうで答えるしかないのですが。

 

清水尋子(ひろこ)で。

 

 

正解を調べてみましょう。自伝にこんな一文が。

 

 丑年、双子座、血液型はO型。本名、加藤和枝。*2

 

加藤和だそうです。なんと名字が加藤でした。あれ?

あとで調べると加藤和也は養子縁組だそうです。くそ、ハメられた。

 

 

続いて第2問。

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推測しようがない誕生日を当ててみたいと思います。

芸名からのイメージですが、春っぽいので

3月8日にします。

生年に関してはどうなんでしょう…昭和初期のスターなので、

1930年ぐらいかなぁ。

 

1930年3月8日ということでいきましょう。

 

 

答えはこちら。本田靖春『戦後-美空ひばりとその時代』にこういう記述がありました。

美空ひばりは一九八七(昭和六十二)年五月二十九日、済生会福岡総合病院の特別室で五十回目の誕生日を迎えた。*3

1987年に50歳の誕生日を迎えたということは、1937年5月29日が美空ひばりの生年月日ということになります。

惜しいですね。

 

 

続いて第3問。

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「どうもありがと」というセリフから察するに関西の出身ではないと思われます。

育ちがいいイメージがあるので、都内の出身だと推測し、

東京都世田谷区というのが私の答えです。

 

 

正解はこちら。

魚増は横浜市磯子区滝頭二丁目の通称「屋根なし市場」にあった。

六畳が二間ついていて、ひばりは (中略) 奥の六畳間で生まれた。*4

 

 魚増というのはひばりの親が営んでいた魚屋。

ということで美空ひばりの出身は神奈川県横浜市だそうです。

 

 

どんどんまいります。

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「はる」ですかね。

 

 

答えは、

三年前の七月、一卵性親子とまでいわれた母親・喜美枝さんが逝った。 *5

 

「喜美枝」でした。「はる」なんてかわいい名前じゃなかったか。

 

 

続いて、

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「節信(ときのぶ)」でしょうね。

 

 

答えは、

美空ひばりが生まれたとき、父加藤増吉さんは横浜市磯子区滝頭町の通称「屋根なし市場」で「魚増」という魚屋を開いていた。*6

 

「増吉」でした。惜しくもなんともない。

 

 

第6問。

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なんとなく男兄弟がいるイメージ。

なので弟が1人いると予想します。

 

 

答え。自伝には

四人姉弟の長女として生れる。*7

とある。つまり妹が1人、弟が2人。

 

 

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こんなマニアックな設問も用意しました。こんなの載ってるのかな…

 

 

 

芸能人の身長というのはテレビ越しにはわからないので、よく生で芸能人を見たら「テレビで見るより大きい〜」って思うみたいな話をよく聞くけど、

身長で一番びっくりしたのは千利休が180cmあるってことですね。

お茶のジジイが大林素子並の身長だとは想像つきませんもんね。

 

美空ひばりは、なんかデカそうというイメージがあります。

スター歌手がでかいというイメージは完全に和田アキ子が植え付けているものかと思うのですが、美空ひばり166cmぐらいあるんじゃないんですかね。

ちなみに、アッコは174cmあるそうです。

 

ちょっと調べたのですが、身長に関する記述は見つからず。

仕方ないので禁じ手ライフラインのネット検索を使用します…。

美空ひばり 身長」でググると…

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すぐ出た。VIVAインターネット。

そして意外と低い。

 

147cmというのは矢口真里(145cm)とほぼ同じだそうで、時代が時代なら美空ひばりミニモニ。に加入していてもおかしくなかったのでしょう。

にしても、これは意外でしたね。

 

 

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そんな美空ひばりという芸名が付けられた由来は何なのでしょう。

「空を舞う美しいひばりのようにその歌声をどこまでも届けてほしい」という願いを込め、事務所の社長が名付けたというすばらしいエピソードだと想像します。

 

 

 

同じく自伝によると、

美空ひばりという名前ができたきっかけを教えましょう。

魚屋である父は、どうしたわけか芸事が好きで(声も良いし、顔は東海林太郎さんにそっくりで、若い頃は大分もてたらしいのですが)、近所の楽器のできる若い者を集めて楽団を作ったのです。名前は「美空楽団」。歌手は私。私は本名の和枝を使い、美空和枝といってしばらくは歌っていました。

ある時、伴淳(伴淳三郎)さん達の劇団に入り、出演していた頃、美空和枝では名前が小さいというので、日劇の演出家、岡田恵吉先生が中心となって、ママやみんなで考えました。そして美しい空にひばりがさえずる、歌い手にはぴったりじゃないかと、その場で改名。

その時、「美空ひばり」という、私にとっては責任のある、そしてまた、すてきな名前がついたわけです。*8

 

とのこと。

「美空」は父がやっていた楽団の名前から、

「ひばり」は事務所の社長ではなく、みんなで考えたそうです。

このときひばりは12歳。

 

 

 

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さて、他にもいろいろ設問を考えていたのですが予想以上に記事が長くなったうえにまったく当たらないため、バッサリいかせていただきます。

美空ひばりは一体いつ亡くなっていたのでしょうか。

正直、想像がつきません。

僕の予想では1930年生まれだったので、それに準じ、65歳で亡くなっていると予想したうえで計算すると没年は1995年

なんだかすごく最近だ。

果たして正解は…

 

 

と、その前に一応、デビューしてから亡くなるまでの美空ひばりの人生をざっくりと。

 

自伝の年譜によると、美空ひばりを名乗った年に映画初主演を務め、その主題歌が大ヒット。

同年10月には日本コロムビアレコードと専属契約を結んでおります。

まだ小学生ですよ。

 

翌年、中学生になったひばりはハワイとアメリカでの海外公演をし、着々とスターダムをのし上がっていきます。

というか、歌手としての美空ひばりしか知らなかったのでこんなに映画や舞台に出ていたなんて知らなかった。

歌手としても女優としても大成しているって、どんなもんなのでしょう。

 

レコードも1033枚と書いてあります。

こんなに歌をリリースしている歌手って他にいるのでしょうか。郷ひろみでも100ですよ。ケタが違う。

出演映画は160とあります。すごい。舞台出演・映画出演・歌手活動を同時期に行えるものなのでしょうか。

 

そんなひばりは1987年4月に激しい腰痛に襲われ、翌日から入院をしました。ひばりのディレクターを長年担当した森啓氏の著書『美空ひばり 燃えつきるまで』によると、

先生の説明によると、ひばりさんのからだは大腿骨骨頭壊死と肝硬変という重病を併発しているという。大腿骨骨頭壊死は、両足の最上部である大腿骨の上端、つまり骨頭の組織が死んだ状態にあることである。*9

かなりの重病だったようだ。

しかし100日余りで退院し、東京ドームでの公演を成功させています。

その後は地方巡業などもこなしてバンバン仕事をしていたひばりでしたが、平成元年の7月にふたたび体調を崩して再入院した、と『美空ひばり 燃えつきるまで』に書かれていました。

 

下記は自伝に載っている加藤和也によるあとがき。

「宜しく御願い致します」

平成元年六月十三日、医師団に対し、この言葉を最後に、おふくろは深い眠りにつきました。

絶対治ると信じていたおふくろです。もちろん遺言などいっさいなく、六月二十四日零時二十八分、深い眠りのまま翔びたってしまいました。

美空ひばりの没年は平成元年。1989年ですね。

享年52でした。

 

 

ラストクエスチョン

文献でガチ調べをしていたら論文みたいになってしまった美空ひばり想像クイズですが、最後にこの問題に答えます。

 

 

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美空ひばりは生涯で紅白に何回出場したのでしょうか。

10回は超えているだろう、と推測し…

ズバリ、12回です。

 

 

答えはこちらのサイトにありました。

昭和時代を代表する大スター!美空ひばり

 

18回だそうです。

 

 

結局、1問も当たりませんでした…。

 

でも美空ひばりのことをすごい調べたら身近な存在のように感じ、すごく好きになった。

これまでは別に好きでも嫌いでもなかったけど、いまは好き。

聴いていなかった彼女の歌も聴いてみよう。

 

ちなみに、調べてわかったことで驚いたのは身長が低かったということと、小林旭と結婚していたということ。なおさら身近に感じますね。

 

おばあちゃんやおじいちゃんが生まれたときにはもう亡くなっていたという方、ぜひその人のことを調べて、「セルフ・ファミリーヒストリー」をやってみてはいかがでしょうか。

 

という美しい締め方で終わりたいと思います。

 

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*1:TBSテレビ『水曜日のダウンタウン』2015年7月15日放送

*2:美空ひばり(2001)『川の流れのように』(集英社文庫) p15

*3:本田靖春(1987)『戦後-美空ひばりとその時代』(講談社文庫) p5

*4:本田靖春(1987)、前掲書、p21

*5:本田靖春(2006)『戦後の巨星 二十四の物語』(講談社) p43

*6:本田靖春(2006)、前掲書、p58

*7:美空ひばり、前掲書、p15

*8:美空ひばり、前掲書、p22-23

*9:森啓(2001)『美空ひばり 燃えつきるまで』(草思社) p69